横浜のクラフトビールメーカー「南横浜ビール研究所」の醸造日記

横浜のマイクロブルワリー+ビアパブ「南横浜ビール研究所」の設立経緯から醸造に奮闘する日々を綴ります

第7回「伝統と革新」

またもや間隔あいてしまいました(笑)。

いやね、季節的にビール需要上がりますし、イベントなんかも続きましたし(←言い訳


ということで。


今回は、なんといいますか、当社の基本的スタンスについて語っちゃいたいと思います。


ビール醸造はものづくりです。

より良いものを作ろう、という意志が根底に、常に存在していなければならない、と思います。当たり前ですが。


伝統的製法、なんて言葉があったりします。

それ自体はとても尊いものだと思います。

それは先人たちの苦闘の歴史によって築かれてきた、大切な遺産です。

ただし、ひとたび「伝統的製法を守って」的なことになってくると、はいそこちょっと待った、という気分がこうべをもたげてきます。


伝統的製法ってのは、いわば「基礎」にあたるものではないか、と考えています。

きちんと理解していなければいけない。ちゃんとできなきゃいけない。

けれど、われわれがいるのはものづくりの現場です。ビール醸造の前線にいるのです。すべてのブルワリーは。ブルワーは。

「伝統を守る」という字面はいいですが、それはすなわち進歩から背を向けることに他なりません。


てゆーかですね


デコクションも瓶内二次発酵もドライホッピングも、編み出された当時は「革新」だったのを忘れてはならないと思います。


先人たちが考えに考え、ときに失敗に失意し、そういう苦労を重ねて革新的な製法を産み出し、それが広まって時を経て「伝統的製法」になったんですよね。

ぼくらだって、先人たちと同じように、未来の伝統的製法となるてあろう「革新」を志すのがスジってもんだ、と強く思います。


うちの名物ビールに「とりがらシリーズ」があります。

とりがらエキスが本当に、わりとたっぷり投入してあります。

これ、ふざけてつくったわけではありません。

世にはいわて蔵ビールさんの「オイスタースタウト」やヤッホーさんの「前略sorry」シリーズのように、動物性のアミノ酸を投入したビールが存在します。

どれも美味しく、ソレを投入することでビールに特別な良さが備わるのだとわかります。


うちもやるべきだろう、やるなら鶏だろう、とオーナーが言い出し(←オーナーは現焼鳥やさん)、最初笑っていたのですが、考えてみるとやる価値があると思ってつくったのが「とりがらIPA」でした。

いまは、秋冬バージョンのポーターにもこっそりとりがらエキスを投入しています。

ゲテモノではない、きちんと美味しいビールとして、いまは定期的に仕込んでいます。

得られた効果は、次の通り。


・ビールに複雑さとまろやかさが加わる

・ビールの完成が早まり、1ヶ月半で熟成にも似たニュアンスが得られる。これによって、熟成とホップのフレッシュさという相反した美点を備えたビールをつくることができる

・おそらくはコラーゲンが、ビールの清澄化に寄与してクリアなビールができる


念のため申し加えておきますと、とりがらの味はしません(笑)


最近熱中しているのは「ワールプール65℃ホッピング」で、煮沸終了時ではなく、麦汁を65℃まで冷却してからホップを投入するというものです。

100℃で投入した場合とは残る香り成分が大きく変わるため、ただいまさまざまなホップのニュアンスの変化を確かめています。

なんか凄そうなのは「エキノックス (エクアノット)」。

なんかいつもと全然違う!オレンジがたくさんいる!


あとは、まさに今日樽詰めしたポーターは「水出し」を試しました。

黒い色合いと、カカオやコーヒーっぽさの源であるチョコレートモルトを、前の晩から常温の水に漬けておいて成分を「水出し」し、糖化工程の最後、濾過直前になってから麦汁に投入する、という試みです。

渋み、酸味、鉄っぽさを抑えられるのではないか、と考えてやってみました。

樽詰め時点でのテイスティングでは、かなりいい感じ!


レシピをいじる、新しいホップを使ってみる、なんてのももちろん大切ですけど、ものづくりとしてより大切なのは「どういう方法でつくったらより良いものになるか」という点に知恵を絞ることなんじゃないか、と思います。


当ブルワリーは醸造歴は浅く、また異業種からの参入の素人スタートで、あんまり生意気なこと言える立場じゃないかもしれませんが、でも「守りに入らない」のは貫いていきますぜ!


いやね、うちはヘッドブルワーもオーナーブルワーも人生の折り返し点をすぎた(ぶっちゃけ今年50)オッサンなんですよ!

守りに入ってるほど残り時間がないんですよ!

ええもう開業した瞬間にほんのり後継者問題が浮上ですよ!


というわけで(←脈絡を無視して強引にまとめにかかるサイン)


横浜の南のはずれで革新を旗印に眼を三角にして仕込みに向かうマイクロブルワリーを今後ともよろしくお願いします。

センテンス長い

第6回「酵母とホップの濃密な関係」

ちょっと間隔が開いてしまいました。
ビールが売れて忙しいと更新は滞るのです。あしからず(笑)

さて今回は、酵母とホップの関係について。

ビールにフレーバーを与える両者。
ホップはα酸β酸で苦味を、精油成分で香りをつける。
酵母は、発酵の各フェーズで高級アルコール脂肪酸エステルといった芳香成分を作り出す。
これらは、それぞれが独立した作用だと思われていました。わたしも割と最近までそう思っていました。

それが、どうやらそうではないようなのです。
サッポロビールさんがガスクロマトグラフィーと官能評価の組み合わせで明らかにした研究成果によると…

酵母とホップは、協力してビールのフレーバーをつくりだしている」

人類が、ビールにホップを加えるという手法を見つけたことによって、酵母とホップははじめて麦汁の中で出会いました。
にもかかわらず、まるでそうなるのが当たり前のように、ふたりは(←)協働していたのです。

ホップの持つゲラニオールという成分は、バラのような香りと表される重要な芳香物質です。
このゲラニオール、発酵が進むにつれてどんどん減少する。そして、そのかわりにβシトロネロールという別の芳香物質が増加する。
これ、じつは、酵母代謝によるものだったのです。
バラ様の香りのゲラニオールを、柑橘様の香りのβシトロネロールに作りかえている。酵母が。
この記述を見つけてから、ネット上をさまよっては様々な文献を読み漁り、酵母やさんからワイン用酵母の資料を取り寄せて読みふけったりしていました。
その結果わかったのは…

酵母は、テルペン類に限らず、チオール、エステル、フェノールなど様々な香り成分を作り出しているが、その香りの材料として別の香り成分を使用している」

ということです。

たとえば、あるベルギー系セゾン酵母は、ホップのテルペン類を消費して、あの特有の香気(エステル)をつくりだしています。
ちなみに、ベルジャンウィートによく使われるコリアンダーシードには、ホップをはるかに超える量のゲラニオールが含まれています。
つまり、コリアンダーシードに含まれるゲラニオールが酵母に変換されることで、あのフルーティなフレーバーが生まれているということです。スパイシーにしたいわけじゃないんですね。

たとえば、昨今はやりのニューイングランドIPAは、エステル産生能の高いイギリス系酵母を使い、ホップのもつゲラニオールなどをβシトロネロールなどに変えることで、あのフルーティでトロピカルな味わいを出しています。
ちなみに、エルドラドやらエキノックス などの「トロピカル系」ホップはあまりニューイングランドIPAには使われません。
シトラ 、モザイク、アマリロなど、わりと常識的なホップがほとんどだったりします。
トロピカルを担当しているのは酵母だったのですね。

たとえば、西海岸IPAは、ホップのフレーバーをストレートに味わうために、あまりエステルをつくらない「おとなしい」酵母が使われます。代表はサンディエゴスーパーですね。
これは、エステルがホップの香りをマスクしてしまうから、と言われていたのですが、いや、それはそれで間違いないのですが、もうひとつ、ホップの香りがあまりエステルに作りかえられないために「ホップフレーバーが減らない」というのが真実だったようです。

酵母はホップの香りを作りかえている」
この事実を知ったことは、ビールを設計してゆく上で極めて重要なターニングポイントとなりました。
そしていま、この点を意識したビールづくりに移行しています。

まずペールエールとIPA
βシトロネロールの柑橘フレーバーを最大化するため、ホップのもつゲラニオールを熱で飛ばさないよう、65度でホップを投入する「ワールプールホッピング」に変えました。また、IPAについては、酵母代謝で失われたゲラニオールを補うため、発酵終盤の酵母の働きが落ちたタイミングでドライホッピングを施しています。
結果は良好。非常に華やか、かつドリンカブルなビールができてきています。

そして限定「麦のスパークリングワイン」。
これは、ぶとうを一粒も使わずにワインのようなフレーバーを持ったビールを作ってみよう、という試みです。
まずはエステル産生能の高いワイン酵母をチョイスし、その酵母にワインらしいエステルを作り出してもらうために「香りの材料」を与える、という考え方で仕込みました。
香りの材料はホップです。
中でも、煮沸によってワインのようなチオール化合物が生じるネルソンソーヴィンを主力にしました。
ワインのようなフレーバーを作ってもらうなら、材料もまたそれに近いものを選ぶのがスジだろう、と考えたのです。
ワインのようなチオールを持っているならその前駆体もまた持っているだろう、というふうにも考えました。
これも、狙い通りと言っていい結果が出ました。
4月中旬現在ビアラボでつながっていますが、お客様の反応は上々です。
不思議に美味しい、ビールのようなワインのような飲み物、といった風情(笑)
これは次回、さらに精度高く狙いに近づけていこうとすでに設計をはじめました。仕込みの予定は未定ですが。

さて、えらい長編になってしまいました。
だれかついてきてくれているんだろうか…

第5回「一番搾りペールエール」

一番搾り製法の考え方を取り入れて仕込んだペールエールが完成しました。

f:id:beerlabo:20180302171944j:plain


一番搾り的考え方についての記事はこちら

http://beerlabo.hatenablog.jp/entry/2018/02/08/133131


結果から申しますと、非常に良好です。うまい。

レシピ自体は前回と同一、仕込み方法だけを「ポリフェノールの溶出を減らす」ように変えただけなのですが、まるで別のビールになりました。


まずはっきり感じるのが、味がクリアに、ドリンカブルになったことです。

IBUも当然前回と同じなのですが、苦味が軽く、きめ細かくなったのを感じます。

そうか、麦芽由来の渋み成分は思っていた以上に存在していたんだ、と気づかされました。


もちろん、渋みは完全なオフフレーバーというわけではありません。

味わいを構成する重要な要素のひとつであり、まったくなかったら、きっと薄っぺらい味になってしまうでしょう。


しかし、今回「渋みをコントロールする」という視点、そしてその手法を手に入れたことは、ブルワーとしての幅が広がったことを意味します。

ビールによって渋みの度合いを変える、変えられるということは、ビールの設計に新たなパラメータが加わり、設計の自由度が上がったということになるからです。


そうそう、ホップの存在感も増した気がします。

渋みにマスクされていたのかもしれません。


当社のペールエールは、お店に「まずはこの一杯」と書いてある通り、入口商品です。

誰にでも飲みやすく、わかりやすい美味しさを備えたビールをめざしています。

典型的なアメリカンペールエールと比べると、ボディは軽めで苦味も控えめ、ホップのキャラクターは華やかさ重視で設計しています。

そう考えると、渋みを抑えた「一番搾りペールエール」はなかなかふさわしいんじゃないか、と考えています。


ぜひ一度、飲んで感想を聞かせてください(笑)



第4回「ホップのブレンドに関する考察・発展編」

前回、ホップをブレンドする意味について基本的なところを考えてみました。

今回は、もう一歩深めてみたいと思います。


ホップがビールにもたらすフレーバーの源は、数種類の精油成分であると書きました。

海外サイトで分析値を調べた時に「OIL」の欄に並んでいる、以下の成分です。

・ミルセン

・フムレン

・カリオフィレン

・ファルネセン

・リナロール

・ゲラニオール

・ピネン

これらの物質がどういう割合で、とれだけの量含まれているかが、ビールに移るホップフレーバーを決定している、ブルワーは使用するホップの配合によってそれを調整する、という内容でした。

ここまでが基本編。

で、続きがあるわけです。


サッポロビールさんが、ホップに関する興味深い研究をいくつか公開しています。

そのひとつに、ニュージーランド産「ネルソンソーヴィン」に関するものがありました。

ネルソンソーヴィンは比較的最近品種改良されたホップで、特有の芳香から非常に人気があります。

その香りは、白ワインや白ぶどうに例えられます。非常に高貴でさわやかな香りです。

サッポロさんは、これらの香気が上で書いた精油成分の組み合わせで生じたものではないはずだ、と考えて独自に成分を分析しました。

そして、ガスクロマトグラフなどの科学的アプローチと官能検査を重ね、精油成分以外に芳香に関与している3種類の「チオール類」と呼ばれる物質の存在を突き止めたのです。(←読みながらワクワクしました)


さらに、これらの物質は「高温で生成される」ことも明らかにしました。

ちなみに最大化される条件は「100℃で20分」。

そう、高温で失われていく精油成分とはまったく逆のメカニズムで生じるのです。


へえーっ、と感心した次の瞬間、あっ、とひざを打ちました。

思い当たることがあったのです。


1年目の夏、スカッとしたIPAをつくろう、と思い、「夏バージョン」と名付けてシンプルなホップ構成のビールを仕込みました。

ビタリングはチヌークのみ、60分煮沸。

アロマはモザイクのみ、火止めで投入。

淡い色合いのこのIPAは、チヌークの存在感ある苦味とモザイクのシトラスフレーバーが同居した、なかなか良い出来でした。

これを飲んだオーナーが「この感じ、うちの入り口商品たるペールエールにこそ似つかわしいんじゃないか」と言い、なるほど、ということで、ペールエールにこの配合を移植してみました。

出来上がったペールエールは、さわやかで美味しいんだけど、IPA夏バージョンとはどうも違う。もう一度試してみても、やっぱり同じ感じにはならない。


原因は、ビタリングに使ったホップの違いでした。

苦くなりすぎないよう、ビタリングにチヌークではなくハラタウブランを使っていたのです。


当時、ビタリングは苦くなればなんでもかまわない、と思っていました。

ということで、アロマで使ってもいまいち香らないハラタウブランを「ちょっといらない子」扱いでビタリングに回していたのです。

早く減らしちゃおう、くらいに思っていました。

ビタリングホップの違いでもビールのキャラクターがはっきり変わるのだ、と実感として知った瞬間です。


そして、あれから一年半を経て、サッポロビールさんの文献を読み、これもまたチオールの働きによるものに違いない、と気づいたのでした。


ハラタウブランは煮沸で輝くホップです。

煮込んで使うことで、白ワイン、白ぶどう、レモン、グレープフルーツなどの、とてもさわやかなフレーバーをもたらしてくれます。

これは、高温で生成されるチオール類の働きだろうと推測できます。

(※わたしは、ビールに気品を加えたい時にこのホップを配合します。アメリカンIPAなども、これによってちょっと品が良くなります)


チヌークもまた、特有のチオールを持っているホップではないかと思います。

このホップでビタリングすると、あっチヌークだ、とすぐにわかる特有の「重さ」みたいなものが備わるのです。


このように、特有のチオールを持つホップは他にもあるはずです。

キーワードは「煮沸すると浮上してくるフレーバー」。

ビタリングで使って個性が感じられたら、そのホップには何らかのチオールがいると考えていいと思います。

そして、そういう個性を見出してインデックスしておくことは、ビールづくりの大きな武器になるはずです。


ビールに香りをつける場合は、なるべく熱を加えないタイミングで、というのが常識です。

最たるものは、発酵中にホップを投入する「ドライホッピング」です。

ただ、これらの方法で得られるのはほぼ精油成分ということになります。そのバランスによってフレーバーが決まる。どういうバランスに持っていくかを、ホップをブレンドすることによって調整する。


サッポロビールさんの研究は、ホップの香りは熱で飛ぶ、という常識を覆し、熱を加えることで生成される個性的な香気成分が存在することを教えてくれました。

「煮沸によって、品種が固有に持つチオールのフレーバーを加えることができれる」

この視点は、ビールづくりにより幅を持たせてくれるでしょう。


ということで。

明日、ペールエールを仕込みます。

ネルソンソーヴィンの、シングルホップです。

IBU20、この条件で得られるチオールの量が最大になるようにビタリングの量と投入タイミングを決めました。

アロマは、火止め時ではなく、65℃まで冷却した時点で投入することでリナロールとゲラニオールを最大化します。

さあ、どんなビールになるでしょう?

楽しみだ!

閑話休題「前職のこと」

今回はちょっと、醸造長の身の上話など。


南横浜ビール研究所で醸造をする前はというと、まったく違うことをしていました。

酵母酵素の違いすらよくわかっていませんでした(笑)


では何を生業としていたかというと、やはりものづくりでした。

リヤカーを作っていたのです。

リヤカー。

いまみなさんの脳裏に浮かんだそれとは、おそらくかなり違います。


f:id:beerlabo:20180218180540j:plain

これはANAさんからの発注で大阪伊丹空港に納入した、おそらく世界最大のバイシクルトレーラー。

電動アシスト自転車と組み合わせて、200キロ以上の荷物を楽に運びます。


f:id:beerlabo:20180218181228j:plain

これは、自動改札を通過して電車に乗せられるように作ったミニマムサイズのトレーラー。

自分が釣りに行くために開発しました(笑)


じつは、これらの製品も、まったくゼロから開発しました。

材質、構造、工法、使用パーツの選定とその強度テスト、すべて手探りで開発を始め、改良を重ね、製品化し、発売したのです。

リヤカーなんて作ったことなかった(笑)


約半年かけて基本モデルを完成させると、今度はラインナップを増やしていきました。

折りたたみできるもの、トランスフォームして屋台になるもの、担架をセットしてストレッチャーになるもの、背面がスロープになったペット用などなど、最終的にはリヤカーだけで80以上のアイテムを揃えた、異常なネットショップになっていました(笑)

その間も、改良の手は休めませんでした。

ものづくりにおいて、現状維持は後退に他ならないのです。


いま、リヤカーづくりの経験はそっくりそのままビールづくりに生きています。

イメージする味をめざして麦芽をチョイスし、その配合を調整し、ホップの種類を検討し、その量と投入タイミングを考え、適する酵母を選ぶ。


ちなみに当社では、あらかじめ到達する初期比重と最終比重(自動的にアルコール度数も)、色度、IBUを設定してから、ぴったりそれを実現できるように計算してレシピを決定しています。

先にレシピを決めて、モノは出来たナリ、というブルワリーも多いようなのですが、というか当社も最初数ヶ月はそうだったのですが(もちろん全然悪いことではないです)、いまは「狙い通りつくる」プラクティスをかねて転換しました。なるべく曖昧さを排除していこう、という意味もあります。


脱線しました。


こうした一連の醸造作業、おどろくほどリヤカーづくりと似通っています。

ほとんど同じことをしている、という感覚すらあります。

リヤカーは実用品の極みのような存在で、その設計は「性能を最大化する」ために行われます。デザイン的な要素の入る余地は多くありませんでした。

リヤカーの設計をひとことで表すのによく使っていたのは「最適な配置へのアプローチ」という言葉です。

最高の性能を実現するために、多数のパーツの位置関係のベストを探っていく作業。

面白いことに、実用品の対極、嗜好品の極みとも言えるビールづくりもまた同じなのです。

より良いものを求めて、麦芽やホップ、酵母の選定、配合、そして醸造プロセスを組み立てていく。

ただひとつ違うのは、解がひとつではないこと。美味しさの表しかたには無数の正解がある。面白いところです。


そうそう、さらに時間を遡りますと、じつは教育産業にいたりしました。

そして、いま振り返ってみると、そこもまたものづくりに似た環境でした。

勉強の方法、勉強の指導法を考える、ということをしていたのです。

うん、あれはまさしくものづくりと言える作業だったなあ。


約25年、そんな経験を経て、オーナーとふたり、ビールづくりというまったく未知の分野に飛び込みました。

いえ、その経験があったから、飛び込めたのだと思います。ものづくりの経験、ゼロからスタートして築いていく経験。

わたしをこの道に誘ってくれたオーナー(高校の同級生なのだ)は随分チャレンジャーだなと思いますが、おそらくは、わたしのこうした経験があったから誘ってくれたのだろうと今は思います。


ものづくり脳というものがあるとしたら、わたしはまさしくソレだと思います。

自らの手で「価値そのもの」を生み出せるものづくりには無上の喜びを感じますし、ビールづくりに関することならいつまででも考えていられます。

というか、お店に立っている時に考えに没入してフロアマネージャーのななこちゃんにぶっ飛ばされます。


えー、ここまで読んでくださった方に、ここでひとつお詫びしなければなりません。


着地点を見失っています←


まああれです、5年前の自分が今の自分がビールを作っていると知ったら腰を抜かすでしょう(笑)

いや人生って不思議だ。


さて。

これからも、南横浜ビール研究所は、とにかく一生懸命考え、技術の向上への努力を怠ることなく、チャレンジも忘れず、美味しくて面白いビールを生み出していくことをお約束します。

初心忘るるべからず。

うん、永遠にビギナーでいいです。

オッサンふたりですけど!(際どく着地)

第3回「ホップのブレンドに関する考察」

さて3回目です。
えー、早くも、得た知識を整理して記録に残す「自分用忘備録」みたいになってきました。まあいいか(笑)

ホップをブレンドして使う、というのはどのブルワリーでもとくに疑問なく行われています。もちろん当社もです。それなりの工夫も重ねてきました。
で、さまざまなブレンドを試してきて感じてきたことがあります。
それは、「AとBというホップをブレンドしても、AのフレーバーとBのフレーバーを独立して感じるわけではなく、混ざってCという別のホップになったような結果になる」というものです。
それはあたかも、青の絵の具と黄色の絵の具を混ぜると緑色になる、という感じなのです。

で、いま様々な文献を読み漁って考えています。

ホップのフレーバーを決定づける成分はというと、おもに次の通り。
・ミルセン
・フムレン
・カリオフィレン
・ファルネセン
・リナロール
・ゲラニオール
・ピネン

これらの成分が、あるホップには多く、あるホップには少なく、品種によって異なる比率で含まれているわけです。
ではホップをブレンドするとどうなるかというと、ビールに移るこれらの成分の比率が変化する、変化するだけ、ということになります。
たとえば、アマリロとシトラとカスケードを同じ量だけブレンドして使ったら、足して3で割ったようなフレーバーになるはずです。
この、似たキャラクターの3ホップで作ったビールを飲んだとして、当てられる気はまったくしません(笑)

ただし、なのです。
これらの成分は、それぞれ物理的化学的性質がちがいます。
たとえば、ミルセンなどは煮沸でほとんど揮発しちゃう上に水に溶けにくい。煮沸工程で投入しても、ビールにはほとんど残らないわけです。
ほかにも、ゲラニオールは酵母代謝によってβシトロネロールという好ましいフレーバーを放つものに変わったりします。

整理します。
ブルワーは、これら各成分が持つ特色と性質を理解した上で「このフレーバーを付与するために、この成分を多く持つホップを、ベストの工程・タイミングで投入する」という感じでホップの配合を考えなければならない、ということです。
シトラとシムコとネルソンソーヴィンが好きだから混ぜる、ではアカンのです(←でもきっとそういうの多い)

当社はこれまで、他の多くのブルワリーと同じように、ホップの品種単位でブレンドを考えてきました。
しかし、今後は「ホップに含まれる成分を単位としてブレンドを決定する」というスタンスに変更することにしました。
これによって劇的に美味しくなる、というものではおそらくありません。
しかし、「なんとなく」を排除し、常に明確な意図を持ってビールづくりに励んでいくことは、きっと自分たちのレベルを引き上げてくれると信じます。

なんと、この話、続きます。
これまでは基本編、次回はその一歩先です。
こんなマニアックな内容、需要あるのかな?(笑)
いいのです、自分用アーカイブですし。
ではまた次回!

第2回「一番搾り製法を本気で考える」

昨夜、この記事を書くために、あらためてキリンの一番搾りを買ってきました。

f:id:beerlabo:20180204105112j:plain

缶にも書いてある「澄んだ上品な味わい」を意識しながら飲んでみると、たしかにその通りであるのがわかります。綺麗。


じつを申しますと、以前はこの「一番搾り製法」に懐疑的でした。

最終的には同じ比重の麦汁を得るんだろ、一回で絞って希釈しても何度かに分けて絞っても大差ないじゃん、と思っていたのです。

いや全然ちがう、ちがうはずだ、と気づいたのは最近です。


時計を戻します。


ちょっと前、「澄んだビールをつくりたい」という変な考えに取り憑かれておりました。

無濾過で、酵母も生きているクラフトビールですから、必ずしも澄んでいなければいけないわけではないのですが、何かのはずみで一回クリアなビールが出来てしまうと、そっちのほうがカッコいい気がしてしまうのです(笑)


ビールの濁りの原因はいくつかありますが、代表的なものは、まず酵母

ただこれは、きちんとガス圧をかけて熟成期間をもうければ沈殿します。あまり問題はありません。

もうひとつの原因が、麦芽が持つタンパク質。

色の淡いモルトや小麦モルトには、それなりのタンパク質が含まれており、これがそのまま麦汁に移行してしまうと、濁ります。


ということで、ていねいな仕込みを行うことで綺麗な麦汁をつくるよう心がけました。

きっちりプロテインレストを行ない、タンパク質をアミノ酸に分解させる。

ゆっくりと時間をかけて濾過する。

仕込みにかかる時間は延びました。

しかし、うまくいかない。

むしろ、濾過終了が近づくと、なぜか麦汁が濁りはじめる、ということが続きました。

以前よりていねいにやっているのに、濁る。

なんでだ?


手持ちの関連書籍を読み直し、ネットで文献をあたったりして思い至ったのが「ポリフェノール」。

麦芽の穀皮にはポリフェノール(ワインの渋み成分であるタンニンなど)が含まれており、これがタンパク質と結びついて濁りの原因になる。


そして、ポリフェノールは、濁りだけでなく、ビールに渋みをもたらす。このことにはじめて気づきました。

ビールのフレーバーを構成する要素として「渋み」というものを意識したことがなかったのです。


よし、それなら、ポリフェノールの少ない、綺麗な味わいのビールをつくろう、と考えはじめました。

濁りをどうにかしたくてはじめた取り組みですが、いつのまにか趣旨が変わってきています(笑)。まあこっちのほうが正しいでしょう。


 ポリフェノール

1.温度が高いほど溶出が増える

2.pHが高いほど溶出が増える

3.麦汁に触れている時間に比例して溶出する(とはどこにも書いてなかったけど、当然そのはず)


1に関しては、マッシュアウト(糖化酵素失活のための昇温)の温度を下げました。また、スパージング(仕込み湯の追加)温度も同様に下げる。


2については、マッシュおよび仕込み水のpH調整をより厳密にしました。

当社の仕込み水のpHは7.3、中性であり、適正の範囲内ですが、試しに6まで落とし、マッシュのほうもカルシウムとマグネシウムの量をさらに調整してpHを落としました。


そして3についてです。

麦芽の量をこれまでより増やし、スパージングの回数を減らして(究極的にはゼロが理想)、濃いめの麦汁をすばやく抽出して規定の濃度に希釈する、というやりかたを試すことにしました。


あれ?

なんか、どこかで聞いたことありません?

5人組のアイドルがテレビでほら。


そう、一番搾り製法そのものです。


ここで思い至りました。

一番搾り製法とは、麦芽からのポリフェノールの溶出をおさえ、綺麗な味わいのドリンカブルなビールをつくるためのものだったのだ、と。

冒頭に戻ります。

f:id:beerlabo:20180208130803j:plain

このビール、所期の目的がきちんと達成されています。きれいで、ドリンカブル。

比較すればはっきりわかります。


さて、当社もやってみました。

もちろん、一番搾り製法とまったく同じではないと思いますが、クリアな味わいを追求するために、仕込み作業を大幅に変更しています。

スパージングゼロだと麦芽使用量が設備的限界を超えてしまうので、ギリギリまで減らすように調整しました。

ええ、コストは上がります(笑)

キリンのマスターブルワーTさんにこの件を聞いてみたら「同じ価格で売っちゃっていいのかという議論があった」とのこと。そりゃそうだ。

濾過中はいままでより温度を下げつつ、なるべく速やかに煮沸槽への移送を済ませることで、麦芽投入〜スパージング〜濾過終了までの時間を大きく短縮しました。


温度、pH、時間。

これらをより適正に近づけた仕込みの結果は?


良好です。

最初に試したペールエール、樽詰め時のテイスティングの感じでは、明らかにいままでと違う。

その後、もう一度ペールエールを仕込み、さらにヴァイツェンIPAと続けました。

みなさんに結果をお届けできるのはもう少し先になります。

お楽しみに!