第3回「ホップのブレンドに関する考察」
第2回「一番搾り製法を本気で考える」
昨夜、この記事を書くために、あらためてキリンの一番搾りを買ってきました。
缶にも書いてある「澄んだ上品な味わい」を意識しながら飲んでみると、たしかにその通りであるのがわかります。綺麗。
じつを申しますと、以前はこの「一番搾り製法」に懐疑的でした。
最終的には同じ比重の麦汁を得るんだろ、一回で絞って希釈しても何度かに分けて絞っても大差ないじゃん、と思っていたのです。
いや全然ちがう、ちがうはずだ、と気づいたのは最近です。
時計を戻します。
ちょっと前、「澄んだビールをつくりたい」という変な考えに取り憑かれておりました。
無濾過で、酵母も生きているクラフトビールですから、必ずしも澄んでいなければいけないわけではないのですが、何かのはずみで一回クリアなビールが出来てしまうと、そっちのほうがカッコいい気がしてしまうのです(笑)
ビールの濁りの原因はいくつかありますが、代表的なものは、まず酵母。
ただこれは、きちんとガス圧をかけて熟成期間をもうければ沈殿します。あまり問題はありません。
もうひとつの原因が、麦芽が持つタンパク質。
色の淡いモルトや小麦モルトには、それなりのタンパク質が含まれており、これがそのまま麦汁に移行してしまうと、濁ります。
ということで、ていねいな仕込みを行うことで綺麗な麦汁をつくるよう心がけました。
きっちりプロテインレストを行ない、タンパク質をアミノ酸に分解させる。
ゆっくりと時間をかけて濾過する。
仕込みにかかる時間は延びました。
しかし、うまくいかない。
むしろ、濾過終了が近づくと、なぜか麦汁が濁りはじめる、ということが続きました。
以前よりていねいにやっているのに、濁る。
なんでだ?
手持ちの関連書籍を読み直し、ネットで文献をあたったりして思い至ったのが「ポリフェノール」。
麦芽の穀皮にはポリフェノール(ワインの渋み成分であるタンニンなど)が含まれており、これがタンパク質と結びついて濁りの原因になる。
そして、ポリフェノールは、濁りだけでなく、ビールに渋みをもたらす。このことにはじめて気づきました。
ビールのフレーバーを構成する要素として「渋み」というものを意識したことがなかったのです。
よし、それなら、ポリフェノールの少ない、綺麗な味わいのビールをつくろう、と考えはじめました。
濁りをどうにかしたくてはじめた取り組みですが、いつのまにか趣旨が変わってきています(笑)。まあこっちのほうが正しいでしょう。
1.温度が高いほど溶出が増える
2.pHが高いほど溶出が増える
3.麦汁に触れている時間に比例して溶出する(とはどこにも書いてなかったけど、当然そのはず)
1に関しては、マッシュアウト(糖化酵素失活のための昇温)の温度を下げました。また、スパージング(仕込み湯の追加)温度も同様に下げる。
2については、マッシュおよび仕込み水のpH調整をより厳密にしました。
当社の仕込み水のpHは7.3、中性であり、適正の範囲内ですが、試しに6まで落とし、マッシュのほうもカルシウムとマグネシウムの量をさらに調整してpHを落としました。
そして3についてです。
麦芽の量をこれまでより増やし、スパージングの回数を減らして(究極的にはゼロが理想)、濃いめの麦汁をすばやく抽出して規定の濃度に希釈する、というやりかたを試すことにしました。
あれ?
なんか、どこかで聞いたことありません?
5人組のアイドルがテレビでほら。
そう、一番搾り製法そのものです。
ここで思い至りました。
一番搾り製法とは、麦芽からのポリフェノールの溶出をおさえ、綺麗な味わいのドリンカブルなビールをつくるためのものだったのだ、と。
冒頭に戻ります。
このビール、所期の目的がきちんと達成されています。きれいで、ドリンカブル。
比較すればはっきりわかります。
さて、当社もやってみました。
もちろん、一番搾り製法とまったく同じではないと思いますが、クリアな味わいを追求するために、仕込み作業を大幅に変更しています。
スパージングゼロだと麦芽使用量が設備的限界を超えてしまうので、ギリギリまで減らすように調整しました。
ええ、コストは上がります(笑)
キリンのマスターブルワーTさんにこの件を聞いてみたら「同じ価格で売っちゃっていいのかという議論があった」とのこと。そりゃそうだ。
濾過中はいままでより温度を下げつつ、なるべく速やかに煮沸槽への移送を済ませることで、麦芽投入〜スパージング〜濾過終了までの時間を大きく短縮しました。
温度、pH、時間。
これらをより適正に近づけた仕込みの結果は?
良好です。
最初に試したペールエール、樽詰め時のテイスティングの感じでは、明らかにいままでと違う。
その後、もう一度ペールエールを仕込み、さらにヴァイツェン、IPAと続けました。
みなさんに結果をお届けできるのはもう少し先になります。
お楽しみに!
第1回「原始的な設備で戦えるのか?」
醸造ノート、輝かしき(?)第1回です。
さて、当社の醸造設備はきわめて原始的です。日本のブルワリーで1、2を争うと思います。
自動化されているところは一か所たりともありません。
温度調整はサーモメーターとにらめっこで、慣性での温度上昇を予測して(つまり勘で)スイッチを入れたり切ったりします。
攪拌は巨大なしゃもじでグルグルです。疲れます。暑いです。
発酵中の温度管理は、エアコンです。室温を上げ下げして調整します。最近、空冷方式を導入して精度が格段に上がりました。
扇風機ですけど(笑)
このような、きわめてプリミティブ(←無理矢理カッコよく言ってみた)な設備で、日夜奮闘しております。
では、こんな設備では、大したビールは作れないのでしょうか?
高価な設備の、有名ブルワリーに太刀打ちするのは夢のまた夢なのでしょうか?
大丈夫、ちゃんと戦えます。
アシッドレスト、プロテインレスト、糖化をマッシュタンで行い、濾過した麦汁を煮沸槽で煮込んでホップを投入し、ワールプールで固形物を沈殿させ、冷却しながら発酵タンクに移し、酵母を投入して密閉し、適温で発酵を進行させ、ダイアセチルレストを経て樽詰めする。
この一連の行程を、すべて人力で、自分の目で確認しながらやらなければならない、というだけです。
まあ大変ですけど、ビール醸造に必要な作業を一通りやらなきゃならんのは同じなのです。
いや、まあ、うらやましいですけどね、高性能な設備(笑)
さて、こんな原始的な設備ですが、大変なだけか、というとそうでもないのです。
この設備ならではの、利点というのもちゃんと存在します。
いちばんは、自由度の高さ。
個々のタンクを、毎回配管を洗浄接続して使用するわけですが、そこにあらたな工夫を凝らすのは難しくありません。
醸造プロセスの変更も自在と言っていいと思います。
はじめはオーソドックスなホップの投入方法でしたが、最近はワールプールホッピングに変更しました。麦汁の冷却途中でホップを加えるやり方で、麦汁を移送しながら急冷するシステムでは難しいものです。
発酵中にホップを投入する「ドライホッピング」も、当社の設備なら漬け込んだホップの回収が容易です。
メリットはもうひとつあります。
それは、醸造のプロセスを「すべて」自らの目でモニタしながら進めることができる、という点です。
糖化中のマッシュの様子、濾過されてくる麦汁の透明度、煮沸中に生じるブルッフの様子、すべて見えています。
うまく行った時どんな様子だったか、そうじゃなかった時はどうだったか、この目から取り込んで脳に刻むことができるのです。
ビールづくりに「実感」が伴っている、と言うことができるかもしれません。
それはきっと、ビールづくりへの理解をより深めてくれています。
他にも、煮沸槽が開放型(ぶっちゃけ寸胴)ゆえ、密閉型で問題となるDMS(代表的なオフフレーバーの元)前駆体の麦汁戻りの心配がないとか、糖の収率がきわめて高いとか、発酵が切りたいだけ切れる(糖化66℃、アメリカンエール酵母で発酵率アベレージ82.5%)とか、いい点も色々あるのです。
とはいえ、はじめは不安でした。この設備でどこまでできるのだろう?と。
いまは逆です。
この設備で、どれだけのクオリティまで持っていけるか、楽しみです。
むしろ、設備を大きくした時に、同じクオリティが保てるかな、と不安になったりして(笑)
これから開業を考えているみなさん。
あるいは、いま小さな設備に不安や不便を感じているみなさん。
規模の大小はビールのクオリティを左右する決定的な要素ではないと思います。
大きな設備には大きな設備の、小さな設備には小さな設備の、それぞれメリットもデメリットもあり、それを踏まえてメリットを生かしていけばいいビールはつくれます。
より大切なのは、より良いビールをつくろうという意志、そして、それを実現するために常に考え、工夫し、ていねいに作業することに尽きると思います。
ここ最近、ビールに関する文献を読み漁っておりまして、あらたな知見がいくつも得られました。いま、頭の中には新しいアイディアが渦を巻いております。
この設備だから可能になるものも少なくありません。