横浜のクラフトビールメーカー「南横浜ビール研究所」の醸造日記

横浜のマイクロブルワリー+ビアパブ「南横浜ビール研究所」の設立経緯から醸造に奮闘する日々を綴ります

第6回「酵母とホップの濃密な関係」

ちょっと間隔が開いてしまいました。
ビールが売れて忙しいと更新は滞るのです。あしからず(笑)

さて今回は、酵母とホップの関係について。

ビールにフレーバーを与える両者。
ホップはα酸β酸で苦味を、精油成分で香りをつける。
酵母は、発酵の各フェーズで高級アルコール脂肪酸エステルといった芳香成分を作り出す。
これらは、それぞれが独立した作用だと思われていました。わたしも割と最近までそう思っていました。

それが、どうやらそうではないようなのです。
サッポロビールさんがガスクロマトグラフィーと官能評価の組み合わせで明らかにした研究成果によると…

酵母とホップは、協力してビールのフレーバーをつくりだしている」

人類が、ビールにホップを加えるという手法を見つけたことによって、酵母とホップははじめて麦汁の中で出会いました。
にもかかわらず、まるでそうなるのが当たり前のように、ふたりは(←)協働していたのです。

ホップの持つゲラニオールという成分は、バラのような香りと表される重要な芳香物質です。
このゲラニオール、発酵が進むにつれてどんどん減少する。そして、そのかわりにβシトロネロールという別の芳香物質が増加する。
これ、じつは、酵母代謝によるものだったのです。
バラ様の香りのゲラニオールを、柑橘様の香りのβシトロネロールに作りかえている。酵母が。
この記述を見つけてから、ネット上をさまよっては様々な文献を読み漁り、酵母やさんからワイン用酵母の資料を取り寄せて読みふけったりしていました。
その結果わかったのは…

酵母は、テルペン類に限らず、チオール、エステル、フェノールなど様々な香り成分を作り出しているが、その香りの材料として別の香り成分を使用している」

ということです。

たとえば、あるベルギー系セゾン酵母は、ホップのテルペン類を消費して、あの特有の香気(エステル)をつくりだしています。
ちなみに、ベルジャンウィートによく使われるコリアンダーシードには、ホップをはるかに超える量のゲラニオールが含まれています。
つまり、コリアンダーシードに含まれるゲラニオールが酵母に変換されることで、あのフルーティなフレーバーが生まれているということです。スパイシーにしたいわけじゃないんですね。

たとえば、昨今はやりのニューイングランドIPAは、エステル産生能の高いイギリス系酵母を使い、ホップのもつゲラニオールなどをβシトロネロールなどに変えることで、あのフルーティでトロピカルな味わいを出しています。
ちなみに、エルドラドやらエキノックス などの「トロピカル系」ホップはあまりニューイングランドIPAには使われません。
シトラ 、モザイク、アマリロなど、わりと常識的なホップがほとんどだったりします。
トロピカルを担当しているのは酵母だったのですね。

たとえば、西海岸IPAは、ホップのフレーバーをストレートに味わうために、あまりエステルをつくらない「おとなしい」酵母が使われます。代表はサンディエゴスーパーですね。
これは、エステルがホップの香りをマスクしてしまうから、と言われていたのですが、いや、それはそれで間違いないのですが、もうひとつ、ホップの香りがあまりエステルに作りかえられないために「ホップフレーバーが減らない」というのが真実だったようです。

酵母はホップの香りを作りかえている」
この事実を知ったことは、ビールを設計してゆく上で極めて重要なターニングポイントとなりました。
そしていま、この点を意識したビールづくりに移行しています。

まずペールエールとIPA
βシトロネロールの柑橘フレーバーを最大化するため、ホップのもつゲラニオールを熱で飛ばさないよう、65度でホップを投入する「ワールプールホッピング」に変えました。また、IPAについては、酵母代謝で失われたゲラニオールを補うため、発酵終盤の酵母の働きが落ちたタイミングでドライホッピングを施しています。
結果は良好。非常に華やか、かつドリンカブルなビールができてきています。

そして限定「麦のスパークリングワイン」。
これは、ぶとうを一粒も使わずにワインのようなフレーバーを持ったビールを作ってみよう、という試みです。
まずはエステル産生能の高いワイン酵母をチョイスし、その酵母にワインらしいエステルを作り出してもらうために「香りの材料」を与える、という考え方で仕込みました。
香りの材料はホップです。
中でも、煮沸によってワインのようなチオール化合物が生じるネルソンソーヴィンを主力にしました。
ワインのようなフレーバーを作ってもらうなら、材料もまたそれに近いものを選ぶのがスジだろう、と考えたのです。
ワインのようなチオールを持っているならその前駆体もまた持っているだろう、というふうにも考えました。
これも、狙い通りと言っていい結果が出ました。
4月中旬現在ビアラボでつながっていますが、お客様の反応は上々です。
不思議に美味しい、ビールのようなワインのような飲み物、といった風情(笑)
これは次回、さらに精度高く狙いに近づけていこうとすでに設計をはじめました。仕込みの予定は未定ですが。

さて、えらい長編になってしまいました。
だれかついてきてくれているんだろうか…