横浜のクラフトビールメーカー「南横浜ビール研究所」の醸造日記

横浜のマイクロブルワリー+ビアパブ「南横浜ビール研究所」の設立経緯から醸造に奮闘する日々を綴ります

第4回「ホップのブレンドに関する考察・発展編」

前回、ホップをブレンドする意味について基本的なところを考えてみました。

今回は、もう一歩深めてみたいと思います。


ホップがビールにもたらすフレーバーの源は、数種類の精油成分であると書きました。

海外サイトで分析値を調べた時に「OIL」の欄に並んでいる、以下の成分です。

・ミルセン

・フムレン

・カリオフィレン

・ファルネセン

・リナロール

・ゲラニオール

・ピネン

これらの物質がどういう割合で、とれだけの量含まれているかが、ビールに移るホップフレーバーを決定している、ブルワーは使用するホップの配合によってそれを調整する、という内容でした。

ここまでが基本編。

で、続きがあるわけです。


サッポロビールさんが、ホップに関する興味深い研究をいくつか公開しています。

そのひとつに、ニュージーランド産「ネルソンソーヴィン」に関するものがありました。

ネルソンソーヴィンは比較的最近品種改良されたホップで、特有の芳香から非常に人気があります。

その香りは、白ワインや白ぶどうに例えられます。非常に高貴でさわやかな香りです。

サッポロさんは、これらの香気が上で書いた精油成分の組み合わせで生じたものではないはずだ、と考えて独自に成分を分析しました。

そして、ガスクロマトグラフなどの科学的アプローチと官能検査を重ね、精油成分以外に芳香に関与している3種類の「チオール類」と呼ばれる物質の存在を突き止めたのです。(←読みながらワクワクしました)


さらに、これらの物質は「高温で生成される」ことも明らかにしました。

ちなみに最大化される条件は「100℃で20分」。

そう、高温で失われていく精油成分とはまったく逆のメカニズムで生じるのです。


へえーっ、と感心した次の瞬間、あっ、とひざを打ちました。

思い当たることがあったのです。


1年目の夏、スカッとしたIPAをつくろう、と思い、「夏バージョン」と名付けてシンプルなホップ構成のビールを仕込みました。

ビタリングはチヌークのみ、60分煮沸。

アロマはモザイクのみ、火止めで投入。

淡い色合いのこのIPAは、チヌークの存在感ある苦味とモザイクのシトラスフレーバーが同居した、なかなか良い出来でした。

これを飲んだオーナーが「この感じ、うちの入り口商品たるペールエールにこそ似つかわしいんじゃないか」と言い、なるほど、ということで、ペールエールにこの配合を移植してみました。

出来上がったペールエールは、さわやかで美味しいんだけど、IPA夏バージョンとはどうも違う。もう一度試してみても、やっぱり同じ感じにはならない。


原因は、ビタリングに使ったホップの違いでした。

苦くなりすぎないよう、ビタリングにチヌークではなくハラタウブランを使っていたのです。


当時、ビタリングは苦くなればなんでもかまわない、と思っていました。

ということで、アロマで使ってもいまいち香らないハラタウブランを「ちょっといらない子」扱いでビタリングに回していたのです。

早く減らしちゃおう、くらいに思っていました。

ビタリングホップの違いでもビールのキャラクターがはっきり変わるのだ、と実感として知った瞬間です。


そして、あれから一年半を経て、サッポロビールさんの文献を読み、これもまたチオールの働きによるものに違いない、と気づいたのでした。


ハラタウブランは煮沸で輝くホップです。

煮込んで使うことで、白ワイン、白ぶどう、レモン、グレープフルーツなどの、とてもさわやかなフレーバーをもたらしてくれます。

これは、高温で生成されるチオール類の働きだろうと推測できます。

(※わたしは、ビールに気品を加えたい時にこのホップを配合します。アメリカンIPAなども、これによってちょっと品が良くなります)


チヌークもまた、特有のチオールを持っているホップではないかと思います。

このホップでビタリングすると、あっチヌークだ、とすぐにわかる特有の「重さ」みたいなものが備わるのです。


このように、特有のチオールを持つホップは他にもあるはずです。

キーワードは「煮沸すると浮上してくるフレーバー」。

ビタリングで使って個性が感じられたら、そのホップには何らかのチオールがいると考えていいと思います。

そして、そういう個性を見出してインデックスしておくことは、ビールづくりの大きな武器になるはずです。


ビールに香りをつける場合は、なるべく熱を加えないタイミングで、というのが常識です。

最たるものは、発酵中にホップを投入する「ドライホッピング」です。

ただ、これらの方法で得られるのはほぼ精油成分ということになります。そのバランスによってフレーバーが決まる。どういうバランスに持っていくかを、ホップをブレンドすることによって調整する。


サッポロビールさんの研究は、ホップの香りは熱で飛ぶ、という常識を覆し、熱を加えることで生成される個性的な香気成分が存在することを教えてくれました。

「煮沸によって、品種が固有に持つチオールのフレーバーを加えることができれる」

この視点は、ビールづくりにより幅を持たせてくれるでしょう。


ということで。

明日、ペールエールを仕込みます。

ネルソンソーヴィンの、シングルホップです。

IBU20、この条件で得られるチオールの量が最大になるようにビタリングの量と投入タイミングを決めました。

アロマは、火止め時ではなく、65℃まで冷却した時点で投入することでリナロールとゲラニオールを最大化します。

さあ、どんなビールになるでしょう?

楽しみだ!